簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

一括りにはできない時代。



「就活なんてシステムは最悪だよね。あれこそがすべての学生をスポイルしている。優秀な学生を発見する見つけ出す仕組みにはなっていないし、あれに対応できる学生が良い人材だなんて思えない」という話は、ツイッター界隈では毎年つぶやかれている。影響力があるといわれる人(=ただし、ここは毎年変わる。要は思いつきで話す程度のテーマでしかないとも言える)が、たくさんのフォロワーに対して、それこそ火の出るような勢いで吠えた年もあったが、それほど就活の仕組みは変わったようには見えない。

しかし、実際はかつてないほどに多様化していて、それに気がついている学生とそうでない学生の間に大きな差(=といっても内定が取れる取れないの差ではなく、就活スタイルの差)がついているのが現状だ。多くの人が同じスタイルで就活をしているから、すべての就活生がそうで、だからそのシステムに蹂躙されているという考えはいかにも古い。実際のところは、うんざりするような仕組みの中から、そこから抜け出そうとする学生と、抜け駆けをしようとする企業が、様々な手を尽くしているのだ。

新卒一括採用という仕組み自体も、終止符を打つ時期が来つつある。二年後の四月に入社する人員を特別に採用する、しかも「まったく仕事ができない」人を好んで採るという行為が、いかに不思議なものであるか、企業は気づいているはずだ。それを「若年層の雇用維持」という錦の御旗を掲げて守ろうとする人がいたら、だったら「就業前の職業訓練」を徹底すべきであり、若年層の失業対策に力をいれたほうがある意味では効果があるだろう。 まあ、それを国がするほど余力が残っているのかどうかわからないが。

新卒一括採用は「自社の色に社員を染める」のに最適な仕組みだと言われている。が、それも洗脳じゃないのかと考える時がある。実際は、社会で働く力を養う訓練を企業に委ねてしまっているだけじゃないかと。企業の社会人一年目とは「職業訓練校」みたいな存在だと思うと、新卒一括採用という仕組みはとても有効である気もする(=企業には面倒な負担であることはいうまでもない)なんて妄想もしてみたくなる。まずは「就活生はかわいそう」だという「一括りで議論を止めてしまう」話は出ないことを願うばかり。