簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

新卒採用の良さを考える。



選挙が近づいているので【選挙に向けての覚え書き】を少しずつしている。どうせ各党は似たような公約を並べて、最終的にはできませんでしたと「真摯にお詫び」するんだろうから、あまり関係ないともいえるのだが、それでもやっぱり選ぶからには、彼らがどういう根拠で何を話しているのか、キチンと吟味した上で投票し、そして、言ったことが実現できているのかを注視したいと考えている。私自身、原発などの争点も気になるが、それ以上に「働く」と「年老いる」という二つの観点に絞って見ている。

ただし、このブログでは選挙について論じるつもりはない。このペーパーは内容自体も興味深いが、新卒採用についても、その本質を書いているので、その部分を引用して、少しだけ考えてみたい。

非熟練者が、スキルを身につける場が少ないことである。通説では、日本企業は新卒一括採用で学卒者に限定して、企業特殊的なスキルを長い期間をかけて修得させて、熟練労働需要を満たすとされる。こうしたスキル形成のあり方では、新卒一括採用枠に入れなかったり、途中退出した人は、良質の教育を受けられないことになる。(労働需要はどこで生まれているか/第一生命経済研究所より引用)

良質な教育が受けられないということは、実感として持っている人は多いだろう。ただし、俯瞰してみると、学卒者に限定するということは、スキルゼロの人を育てるということに他ならない。つまり、スキルを持ち合わせない学卒者を輩出している機関にも、このあたりも問題を産み出す責任の一端がある(認めてないけど)。さらに気になるのは「企業特殊的なスキル」という言葉だ。わかりにくいが、要は「その会社の中だけで通用する能力」といったほうがいいだろうか。汎用性のないスキル。

それをもって良質な教育だとはとてもいえないが、新卒採用という枠の中で労働市場に出なければ、それすらも受けられないケースは少なくない。長い時間働くことを余儀なくされるわけだから、一定の教育を受け、(それがたとえ特殊性を帯びていたとしても)スキルを身につける機会を持つことはとても大切なことだ。現状、スキルを身につけるための初期教育は企業によるもの以外の代替手段で相応しいものがない。だからというのも変だが、まずはフツーに就活をして、就職するという選択肢がいまはベターな部分が多い。