簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

大切なことは備えよ常に。



週刊連載、今回は転職者を意識した内容になっている。なので、このブログのメインの読者である就活生とは直接関係がない。が、読んでおいて損はない内容になっている。なぜなら、自分たちもいまから二十年後、いや、いま時代なら十年後には訪れている可能性がある出来事だからだ。最近、企業の人事担当者たちと話をしていても「自社の人間」を大事にしている感じはあまりしない。人としてとらえているという風よりも「駒」としてとらえている傾向が以前より顕著になっている。

だからというのも変だが、個人を明確にアセスメントして、その持っている能力に見合った場所に配置しようとする。カードゲームのデッキのような感覚だろうか。いままでよりも難易度の高い山を越えようとした時には、かつては「人を育てて超えさせる」こともやっていたが、いまは「超えられる能力のある人を揃える」ことを優先する。結果として、その山が越えられない人はデッキから外されてしまって、交換市場に放出されるという図式だ。そして、それは誰の身にも起こる出来事でもある。

これから就活を始める人たちは、自分のやりたいこと、やりたい仕事を散々言わされるだろう。それこそ、それがないと就活してはいけない、というくらいにやりたいこととやりたい仕事と企業は聞きたがる。が、だからといってそれができるわけではない。彼らは聞きたがるだけで、その仕事につけてくれるわけではないのだ。自分のキャリアは自分で作ろうと意気込んでも、与えられる環境は会社の思惑に左右される。自分の意志が通ることはほとんどない(確実にあるとしたら、退職する時だけだ)。

人によっては(その多くは、自分の手で起業していたりするベンチャー企業の社長か、セルフブランディングが成功しているパーソナリティの際立った人だ)自分らしく生きれば良いとか、会社にいても意識の違いでどうにでもなるとうそぶくはずだ。が、それがそうなる人はごく一部に過ぎず、そして、能力や心がけだけでどうにかなるものでもない。結果論にだまされてはならない。運だって必要だし、それが左右することもあるのだ。頑張って尽くしても、なおポイ捨てされることもある。それがビジネス社会なのだ。