簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

気持ち悪くなるほど就活。



最初に断っておくが、世の中の多くの人は就活になんて興味がない。事実、内定が出たという、卒業間近の人たちでさえ、就活就活といっている人はごく少数だ。ほとんどの人は、卒業旅行に行きまくっているか、まだ取れていない単位に追われているか、卒論に勤しんでいるか、内定者研修に追われているか、そんな感じなのだ。この間まで「人生=就活」のような生活をしていた人でさえそうなのだから、実際に就活から離れてしまった社会人などは、仕事で就活と関わっている人以外、就活になんて興味がない。

が、花火大会があったら「花火って奇麗だね」といい、初詣に出かけると「人が多くて大変だね」というのと同じくらいの感じで「就活について意見を言う」人もいる。この時期限定で。そういう人の多くは「このシステムが日本をダメにしている」「卒業してから就活できるようにしなければならない」という感じの意見を述べて、風のように去っていくのだ。そう、別に「そう思った」だけであって、だから「こうしよう」というのは特にない。ただ、季節の風物詩のようなものに「少し絡んでおきたかった」だけなのだ。

あと、仕事柄、就活の話をしなければならない人も、その多くはポジショントークに終始している。一見すると画期的なアイデアをブログで書いてみたり、学生に対して励ましのメッセージと取れるようなことを流してみたりする人も、その多くは「宣伝」である。最終的には自著のアフェリエイトが貼ってあったり、自社が新しいサービスをリリースしたよという話に繋いである。こういうのって、他の業界でやると「それってステマじゃねぇのかよ」と非難されるはずなのに、そういうことにはならない。不思議な話だけど。

自戒の念を込めて書くが、多くの人が語る就活の話なんて、実はあまり大した意味を持たない。だって、ケースバイケースなのだから。ある人にはフィット感のある話でも、別の人にはまったく当てはまらないということばかりだ。だから、というわけではないが、自分勝手に就活すれば良いのだ。就活なんて、しょせん「職探し」なんだから。その目的を忘れてしまって、手段ばかり磨かせようとするから、就活から離れられない「意識の高いと称される」人を産み出してしまうのだ。目的にまっすぐ自分らしく就活して欲しい。