簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

当事者意識を持つ大切さ。



昨日は、人材業界の忘年会のような集まりにお招きいただき、少し話をしてきた。特に内容のある話ができたとは思えないので、ここにあえて書き留めることはない。いつも通り「業界を、採用を、世の中を変えたいと思うなら、自分の手で変えなければならないし、そのためには、当事者意識を持って行動するよりない」ということだけをいいたくて、あの場所に出て行ったようなものだ。伝わったかどうかはわからない。話した後に、何人かの方の名刺交換をしながら話をしたが、大した手応えはなし(苦笑)。

以前からこの手の話をすると「できない理由」をたくさん伝えてくださる方が現れる。それも一人や二人ではなく、たくさんの人が「それが理想だと思っているのですが、できないんですよね」と。そこで「どうしてできないのですか?」と質問してみても「いや、それが世の中というものでしょう」という類いの話をして、文字通りお茶を濁されてしまうのだ。例えば「新卒採用の時に、どうして約束もできないのにやりたいことはなにかとしつこく問うのか。意味がないことは止めれば良い」と、私が言ったとする。

そうすると「いや、そうは言っても適性もありますし、配属って社内事情が大きく関係しますから」という答えが返ってくる。だとしたら「適性はこちらなので、こちらなら採用する。そうじゃなければ採用しないと言えばいい」というと、そんなことをいったら、その就活生を取り逃がしてしまうじゃないか、と非難される。だったら「やりたいことは聞きますが、適性を見て配置するので、希望はかなわないこともある」とアナウンスすればいいと言うと「そんなことをしたら、就活生は集まらない」と言い訳されると。

要は「誠実に採用する」気なんてまったくないのだ。良い顔を見せ、嫌われないようにして、釣ったあとは「世の中なんてそんなもんだよ」と訳知り顔になると。若年層の離職の増加を「ミスマッチ」という意味不明な言葉で誤摩化しているが、からくりはここにもあるのだ。それを「そういうのって変えられないんですよね」と、変えられる可能性のある当事者たちが言い訳しているので、始末に負えない。社会ってそういうものだとか、若いうちは思うようにならないなんて「理不尽さ」まで、後輩に受け継ぐ必要ないはずだが。