簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

怪しい人はたくさんいる。



今回は転職エージェントなる人たちの中に潜んでいる「怪しい」人をクローズアップしてみた。こういう類いの話はゴロゴロしているのだけれども、別に不利益も無いしいいかなとスルーしていた。第一、文中に登場してくる人も「会っても良いかな、ひとつのキッカケとして」と言っていたくらいだから。彼女の情報がどこから漏れて、それを転職エージェントがどのように入手しようとも、最終的に「素敵な場所で働く」ことができたなら、万事オッケーだ、とも考えられるのだ。

「プライバシー保護の観点から」という言葉を厳密に守っている人なんて、それほど多くない。都合が悪い情報を提供する際には、この台詞を吐くことで逃げ切れる可能性があることはみんな承知している。しかし、そうじゃない場合はラフな取り扱いを受けたり、拡大解釈とともに運用されるケースは多い。ラフな例で言うと「居酒屋談義」はその典型だろう。顧客情報だだ漏れで話をしているサラリーマンは多い。後者は今回のようなケースなのかもしれない。

結局はその人のためになる情報を提供するのだから、プライバシーうんぬんを厳密運用するよりは良いんじゃないのか的な考え方。これは転職エージェントに限らず、通販事業者だって、サイトサービスの運営者だって陥る罠である。この構造は、多くの人が「善意」という正体不明の言葉を根拠に、自分の行為を自己正当化することに似ている。就職や転職に関する仕事をしていると、この手の人がとてつもなく多い。人のため、とことさら謳って金儲けをしていると。これだって怪しい限りである。

上手い話には裏がある、というほどのことじゃない。しかし、善意という言葉はいかようにでも解釈される。その運用を誤れば、どんなことだって善意で片付いてしまう。就職転職業界には「支援する」という便利な言葉がある。一見すると善意の固まりのような言葉だが、その裏ではきちんとビジネスになっている。それほど儲けていないとか、ちっとも儲からないという人もいるが、それでも「ちょっとは儲けている」わけだ。自分のビジネスの下手さ加減を棚に上げて善意の印のように掲げる「怪しい」人だっているのだ。