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簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

夢という言葉の持つ怖さ。



連載が更新された。夢という言葉は怖い、という話だ。コラムの中では、キャリアを考え始める年齢になった子供たちに、夢という言葉を使って将来のことを安易に説明しないで欲しいということを書いたが、別の側面でも夢という言葉はとても怖い。大人でも「自分には夢があるんだ」という台詞とともに、現実を逃避してしまう人たちは少なくないからだ。夢という言葉を使うことで安心し、問題を先送り、なおかつ「努力はしていないけど不安は解消される」という、どうしようもないことが起きてしまう。

夢という言葉をその類いの使い方をする人の多くは「いまの自分は本当の自分じゃない。もっと違う別の自分が本当の自分で、その自分にいつかはなるのだ」という気持ちを持っている気がする。それを「なんとなく格好がつくように説明する」ために「私には夢があるんだよね」という言葉でクルッとまとめてしまう。その自分を正当化するために、しまいには「夢を持つことが大切なんだ」と力説しちゃう始末。いやいや、大切なのは夢を持つこと、ではないのだ。そこを無意識に混乱させる人が多すぎる。

そうこうしているうちに、夢という言葉を「悪用」する人たちが現れる。夢という言葉を巧みに操り、例えば、劣悪な環境で働かせたり、モラル的にはいかがなものかと思うようなビジネスに加担させたりするケースが出てくる。これらの多くは主催する人間が夢を語り、夢の必然性を説き、夢を持たないことは悪だとまで言いそうな勢いで夢という言葉を多用する。自分の夢に酔ってしまって、その夢を人に押し付けて「あなたも夢を持て」といいだす経営者もいて、どうしようもないことになってしまう。

夢という言葉を安易に使って欲しくない。少なくとも、キャリア教育に携わる人間や、採用担当者たちは、夢という言葉を慎重に使うべきだ。夢はそれに向かって努力しないとかなわないし、努力しても実現できないこともあると、きちんと説明して運用されるべき言葉のような気がする。それだったら「目標」と置き換えることで、混乱は大きく防げるはずだし、少なくとも私はそうしている。夢は「宝くじが当たるといいな」くらいがちょうどいい。まあ、宝くじだって、買わなければ当たらないのだが。