簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

自分を知ってもらう工夫。



ゲスト寄稿の最終回が更新されたのでサブノート的なエントリーを。ここに書いた話はエンジニアに向けてあるが、実際のところはエンジニアに限った話ではない。残念な話ではあるけど、多くの人とはキチンと話もできないままで終わるし、ほとんどの言葉は通じないし、たいていの場合わかり合えないままだ。仕方ないといえば仕方ないのだが、理解してもらう努力も少しは必要なのだろう、最近、改めてそう思うようになった。そして、口べたならブログというメディアは実に都合がいい。

ブログ誕生 ―総表現社会を切り拓いてきた人々とメディア

ブログ誕生 ―総表現社会を切り拓いてきた人々とメディア


今回、別のエントリー(それもゲスト寄稿だ)を書くために、上記の本を読んだ。なかなか興味深い記述が満載で、特に前半のパイオニアの部分は必読だろう。ブログというメディアは、ある時期を境にソーシャルメディアやネットワークツールに押されてしまって終焉を迎えるかに思えたが、実際には盛り返してきているという印象がある。それは、ソーシャルメディアなどにおける「自分の振る舞い」を補正したり、ある種の誤解を解いたりするのにブログというツールの有用性が再認識し始めているからなのかもしれない。

誰でもない個人がすべてをさらけ出し(まあ恣意的な編集や露出をしていることはいうまでもないが)その人が持つ興味の範疇や、関心事、繋がっている人たちを見ることで、その人自身が何者なのかがキチンとわかってしまう。TwitterFacebookでも同様のことはできるのかもしれないが、こと人物を特定する=自分自身を知ってもらう、理解を深めてもらうためには、情報量として足りない。流れいくツイートや埋もれていくフィードではなく、ゆっくりと時間をかけて理解してもらう。ネット社会のスローライフ的な。*1

これからの時代、転職をする、新しいビジネスを始める、どちらにしても『自分でキャリアを作ることができる』ようになってくるのだろうと思う。かつてのキャリアは思いのママにならないものであり、偶発性が必要で、まるで降ってくるものだといわれていた。けれども、もうそれは時代遅れの考えだ。自分が何者で、なにがしたくて、どんな能力を持っているのかを「さらけ出す」ことで、できることが増え、世界が確実に広がるのだ。自分の考えとは異なる他の人の悪口を言っている場合ではない、という時代でもある。

*1:だから上記の本のパイオニアの部分が改めて面白く感じられたのだと思う。