簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

自分らしいことの難しさ。



はてなブログで試写会の招待キャンペーンをやっていたので応募したら当選。お邪魔してきた。ベニシアさんに関しては事前の知識もなく、観るともなくつけていたテレビから流れてくるNHKで、たまにお見かけする程度でしかない。柔らかな言葉遣いと人懐こい感じが印象的だった。映画の公式サイトを見てみると、以下のような宣伝文がある。

そんなベニシアさんの暮らしをおった、NHK放送番組「猫のしっぽカエルの手 京都大原ベニシアの手づくり暮らし」をきっかけに、ベニシアさんと夫の正さんをはじめとする家族や大原の仲間たちが繰り広げる"手作りで丁寧な生活"は多くの人を魅了しています。本作『ベニシアさんの四季の庭』では、ベニシアさんの世界に新たなページを開きます。

ただ、映画を見た感想を言えといわれたら、上記のような印象は薄い。上記のツイートで紹介した公式ブログでアナウンスされている『会場全体があたたかい空気に包まれていました。』というのもちょっと違う。この映画はもっと深く、人間の業のようなものにまみれている。以下、ネタバレになるので詳しくは書かないけれども、興味深い作品ではあるので、時間がある人、そして「自分らしく生きたい」と考えている人は、ぜひとも見て欲しいと思った次第。

英国貴族の家系に育った彼女が流れ着いた先は京都の大原。古民家に暮らしている。もんぺを履く姿は地元の人から「ここらへんであんな格好をしているのはベニシアだけやで」といわれるほど馴染んでいる。畳替えをしてスッキリとした和室をいとおしく掃除する姿も素敵で、手垢のついた表現をすると日本人が忘れてしまった古き良き時代のそれがあるのがいい感じだ。手入れされた庭にはたくさんのハーブがあり、季節の花が咲き乱れ、それこそ日々の暮らしぶりもとても丁寧ではある。見習うべき点は多い。

しかし、映画のストーリーはそういうおとぎ話的な展開に留まらない。彼女自身の人生に降り掛かる様々な難題と、それを乗り越えていく彼女自身の姿も描いている。なにがあっても自分を信じて、受け止めて、今を生きる。取りようによっては感動的だ。しかし、同時にとても懐疑的な気持ちになってしまった。どんな困難が目の前に現れようとも、自分を信じて対処する、ということは、ある意味究極の「自分らしく生きる」ということでもあるからだ。そして、それは時にして独善的な印象を周囲に与えてしまう。

自分の住みたい場所に住み、自分の食べたい物を食べ、自分の生きたいように生きる。バイタリティ溢れる彼女のなせる技で、同時に、映画の中で登場する彼女自身が惹かれる配偶者もまた、同様の性質に見えた。自分の生きたいように生き、そして、周囲を傷つけ、そして元の場所に戻るのも自分のしたかったこととして消化される。並の人間ではできないともいえるし、同時に普通の人間ではないからこそ、ドキュメンタリーになったともいえる。それほど本質的には「アクの強い」映画なのだ。

素敵な庭を見せられることによって見落としがちだが、日本の古民家の庭先は日本の庭園にはなっていない。西洋風のそれだ。庭先で取れたハーブで作られる手作りのさまざまなモノは、日本古来のそれではなく、西洋の習慣の延長線上のスタイルのそれが多いことに気づかされる。そう、映像や雰囲気によって『見る側が』勝手に勘違いしそうになるが、ベニシア自体は単純に自分らしく生きているのだと、それこそ私自身は勝手に解釈した。そして、それはとても難しいことを映画の中に垣間見る。

自分らしく生きようとすればするほど、周囲の人間関係は複雑になる。そして、周囲の人間がひとつ距離を置いている(気遣いからくる行為だ)ことによって、その自分らしさが成立していることに、ハッとさせられたシーン(風呂敷を包むシーンはその典型だ)もあった。自分らしい生き方は凛として美しく見えるし、本人自体の放つ強い光で、とてもまぶしく見える。そして、その代償を受け入れる覚悟と、対処できない困難はスルーするという「心の強さ」が必要になる現実を、突きつける映画だった。私にとっては。