簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

採用担当者に贈る言葉を。



連載が更新されたのでサブノート的なエントリーを。このコラムを書くのに少しだけ躊躇した。どれだけ言葉を尽くしても、新卒一括採用という仕組みの中に潜んでいる学校名差別(=学歴は多くの皆さん、学士さまなので・苦笑)を打ち消すことが出来ないからだ。ただ、学校名差別が悪いのかというと、当然そんなことはなく、ビジネス社会の中で競争にさらされている企業が「自分たちが考えられる最善の選択肢としての学校名採用」をしているのなら、それはそれで問題はない。そこにメスを入れるのは不可能だ。

ただ、新卒一括採用のやっかいなのは「建前が横行しすぎている」ところにある。表面上は誰も区別されていないと取り繕われているから、結果として「真に受けてしまった就活生」が迷走してしまう。約束が違うと後になって怒っても、取り返しがつかないことになってしまう。誰もが好かれたい、むしろ嫌われたくないと思ったら、まあ、本当のことはいわないだろう。企業の人事たちだって本当のことをいって嫌われることは本意ではないし、なにより自社の損失は計り知れない。結果としてお茶を濁してしまって終わり。

だったら、新卒一括採用というシステムを止めてしまえばいいという意見が出てくる。実は私もアリだとは思っている(実際、私はそれを仕掛ける準備を始めている)。が、残念なことに「自社の従業員」を育成するシステムとして、新卒一括採用ほど「コスト効率が良い仕組み」が見当たらない。このブログでも繰り返し書いているが、採用するという仕組みを作る際に最も難しいのは「働きたいと考える人を見つける」ことなのだ。新卒一括採用なら、少なくとも50万人が「働きたいという意志を持ち」一カ所に固まっている。

効率の良い仕組みの中に、不透明な部分と理不尽なトラップがあるからこそ、少なくない人が不幸になってしまう。都市伝説が堂々とまかり通る世界が、この時代にまだあるということ自体、考え直すべきなのだ。高齢化社会だというのに、年齢にこだわり続けるという視野の狭さも、俎上に乗せるべきだ。差別をして(正しくは区別といってもいいのかもしれない)採用するのもいい、好みで採るのだって問題ない。仕組みの効率性を堅持するのもアリだ。ただ「工夫の余地はある」のだから、そこに手をつけるべきなのだろう。

近いうちに新しい新卒採用の形を、提示するつもりでいる。期待してほしい。