簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

普通に働けない時代とは。



連載が更新されたのでサブノート的なエントリーを。今回は就活・転職というテーマから少し逸脱したところにフォーカスして(逆にピントを緩めてという表現が正しいのかもしれない)原稿を書いてみた。人生と仕事の関係図はなかなか興味深いと思う。紙とペンとがあればすぐにでも出来るので、周囲の人と一緒にやってみて欲しい。想像以上にバラエティに富んでいるというか、人それぞれだと思うので。コラムには便宜上、その世代に多い傾向をピックアップしたが、実際はケースバイケースなことは言うまでもない。

あと、原稿を書いた後で考えたのだが、もしかしたら「自分自身の年齢によって、緩やかに変化している可能性」はあるだろうと思った。例えば、いま30歳代の人だったら、当初は50歳代のような関係図だったけど、いまは40歳代のような関係図を志向しているという感じだろうか。50歳代の人も緩やかに40歳代っぽくなってきた、というケースもあるかもしれない。ただし、現在20歳代の人は、そういう変化が起きにくいだろうなぁと同時に危惧している。なぜなら「働くということ」を「固めすぎている」からだ。

それよりも上の世代はあきらかに働くということに関して、もっと柔らかく、悪い言い方をすればいい加減でも良かった。しかし、いまはそれではビジネス社会の入り口である「就活」が許してくれない。なぜ働きますか、どうしてこの仕事がしたいですか、答えがなさそうな質問を徹底的に投げかけ、しかも、それが通り一遍の回答だとダメだと判断しているにもかかわらず、結果として「なにが正解なのか」を示すことがない仕組みを通り抜けてしまうと、働く=自分で考えたある種の正解、と固定されても仕方ない。

以前、採用担当者たちと話しているときに「なにがやりたいか」「どうして働くのか」と就活生に問うのは止めてくれとお願いした。だって、その答えをいったからといって、企業はまったくその通りにしてくれないし、入社後は無視するじゃないかと。その後、その質問を止めてくれた企業もあるが、ある企業の採用担当者は「だって、みんな考えてきたんだから、面接で言いたいよね」と就活生に同意を取っていた。これじゃあ普通に働くなんて無理だなと、痛感させられた出来事だった。問題の原因は「すぐそこ」にあるのだ。