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簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

経験を可視化する大切さ。



連載が更新されたのでサブノート的なエントリーを。連休最終日の更新なので読者も閑散としている(こういう表現が正しいのかどうかは別にして)。なので、兆しのようなものをサクッと書いてみた。同じ業界で仕事をしていても、こういう動きに疎い人は意外に多くて、何年も似たような主張をしたあげく、あるとき突然宗旨替えを『何事もなかったかのように』してしまう人がいて驚かされるが、今回はそういう類いの話。やっぱり中高年の経験って大切でしたごめんなさい、という話がチラチラしているよと。

今回は中高年を切り出してコラムに仕上げてみたが、この話はなにもその年代に限った話ではない。自分の経験が活かせる場所に出会うためには、自らの経験を誰にでもわかるように可視化して、ピッタリと当てはまるところを注意深く探すしかない。だいたい当てはまるとか、そこそこピッタリという風な求められ方で、個人的には良いと思っているけれども、実はその曖昧さが排除され始めることによって、中高年の経験にスポットライトが当たる可能性が出てきたというのが何とも興味深い。

コラムの中にも書いたが「こういう経験をしたドンピシャの人が欲しい」というニーズが増えることになれば、経験の浅い若年層は太刀打ちできない。ポテンシャルというある種の不確かな要素よりも、やったことがあるという確かさにドライブがかかる可能性が出てきているということだ。理由はシンプルで、経営には『博打を打つ部分』と『リスク回避する部分』の二つの側面があるとしたら、すべての打ち手にギャンブル的要素は持たなくて良い、という極めて当たり前な方に向かっているだけだ。

こうなってくると、人材紹介を生業としている会社などは大変になってくると思う(詳しくは書かないけれど)。企業の採用担当者も苦労するだろう。だって、自分の経験を事細かにわかりやすく可視化出来ている人は少ないし、出来る人は転職マーケットにはなかなか出てきてくれない。さらに、自社が欲しい人も今まで以上に詳細に設定しなければならないのだから、それはもう想像するだけで大変なことだ。しかし、いままでそれをやってこなかったことが、まあ、不思議といえばそれまでなのだが。

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