簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

モノづくりについて雑感。

モノ作りについてずっと考える日が続いている。デジタルからフィジカルな時代がやってくると書かれている文章を読むと「なるほど、そうかもしれない」と考えるし、アトムとビットの関係がさらに溶けていくと論じられている文章を読むと「なるほど、そうかもしれない」と考える。要は毎日「なるほど、そうかもしれない」と考え続けていたわけだ。ずっと考え続けていても疲れない、少なくともまったく苦痛ではない原因はなにかとさらに考えていたら、自分の好きな思考回路をグルグルしていることに気がついた。

Fab ―パーソナルコンピュータからパーソナルファブリケーションへ (Make: Japan Books)

Fab ―パーソナルコンピュータからパーソナルファブリケーションへ (Make: Japan Books)

  • 作者: Neil Gershenfeld,田中浩也,糸川洋
  • 出版社/メーカー: オライリージャパン
  • 発売日: 2012/12/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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ギークと称される人たちをターゲットにした書籍を読んでいると、とても気持ちよくなってくる。それは『結果と原因』がキチンと整理されて述べられているし『目的と手段』も混同されていないことが多いからだ。自戒の念を混めていうと、世の中に出回る書籍の多くは、このあたりがまったくぐちゃぐちゃの状態で書かれていて(著者の中には意図して書いている人もいるのだろうけど)読んでいて気持ち悪くなるのだ。手段が目的化してしまったり、原因もないのに結果が提示されていたり。スッキリしない。

モノ作りに関する多くの記述もそうで、ギークという域を出ない書籍が多いからか、スッキリとした記述が多い。雰囲気でぼんやりとしたことを何となく書く、という内容のものがないので、読んでいて楽なのだ。同時に『目的に対する手段としてのモノ作り』だからこそ、デジタルとフィジカル、アトムとビットといわれても、イリュージョンを感じない代わりに「なるほど、そうかもしれない」と考えられるのだろう。そして、なにより『理解していること』の大切さを痛感させられるようになる。

すべてのモノが高度化して。その中身がブラックボックス化した先に『仕組みはわからないけれども凄いことが出来るもの』を『消費するだけ』が人生になってしまった。だから消費するために必要なもの*1がなければ、たちまち手詰まりになり、そして不幸になってしまった気になる。道具を自分で作ることが出来なくても、少なくとも仕組みそのものを理解する能力、いや、キッカケさえあれば、もっと世の中が違った風景として捉えられるかもしれない。そう思った一冊をここでお勧めしておく。

*1:要はお金だ