簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

情報収集の目的を考える。



「新聞を読め」社会人になったら常識だと言われ続けていた。そして、いまもまだ言われていると思う。が、新聞で多くの人がなにを得ているのだろうか。自分が働いている業界に関する情報をいち早くゲットするためだという人もいるかもしれない。しかし、多くの場合は、それらの類いの情報を新聞によって知ることは稀だ。少なくとも、情報収集に抜かりがないと自負するなら、それこそ『新聞沙汰』になるような話は、事前に耳にしているはずだ。新聞に掲載されて初めて『真偽』の判断はつくにせよ。

では、なぜ新聞を読み続けていたのだろう。『教養』という理由をあげる人もいるかもしれないが、それなら読書のほうがよっぽどいい。また『世間の常識を理解する』ことを目的にしている人もいるかもしれないが、それにしても世間の定義が曖昧だし、常識とはなにかハッキリしない。個性を要求する世の中なはずなのに、実際には常識人とやらを求めているという証拠だといえば、道理が通るかもしれないが。まあ、新聞を読んでいるからといってバランスが取れるかどうかは懐疑的すぎる。

世間のことを知るといっても範囲が広すぎるし、しょせんは周囲の人と話を合わせるためのツールの一つなのかもしれない。当然、門外漢の分野における情報をゲットするために新聞は欠かせない基礎資料の一つではあるが、それは情報収集のとっかかりであり、それ以上のモノはない。話が大きくそれてしまった。今回のコラムは『就活生の情報収集の新しい形』を提案している体を採っているが、実際には『なぜ情報を集めるのか』ということを、実は主題としている。情報収集の理由、それは安心の獲得だ。

知らないことを知ることで安心する、ネガティブな話の事実を確認することで安心する、やりかたが正しいのかどうか理解することで安心する、そんな感じだろうか。要は『なにについて安心したいのか』を情報収集の前には考えるべきで、目的のない情報収集はたんなるヒマつぶしに過ぎない、という話。就活生は社会にも企業にも、そして、自分自身にも不安だらけだろう。そして、安心する材料を探したがるはずだ。ただ、その方法を間違うと不安はさらに増す。そして、それは大人も同じだ。