簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

責任取る人が減ったわけ。



連載が更新されたので、サブノート的なエントリーを。以前、ある企業で『社内クーデターのようなもの』を目の当たりにしたことがある。それまでの王朝が崩壊し、周囲にいた忠臣たちは次々と追われていった。その凋落ぶりは凄まじく、それこそ、そのポジションにいた役職者を、その場所で働かせるのかという仕打ちをしていて、ここまでやるのか人間というものはと、驚いたことがある。組織はあっという間に新陳代謝して、風通しは良くなった。レポートラインがスッキリしたからだ。

企業体質も変化した。が、同時に『決定する人』と『それに従う人』が鮮明になった。以前の組織は忠臣が幅を利かせていたせいもあって、決定権を持っている部下も多かった。同時に「俺はその話は聞いていない」とゴリ押す人も多かったが、その根回しさえ済んでしまえば、決定が遥か彼方の上長にあおぐ必要はなかった。しかし、革命後は決裁をする人はごく少数になり、かならずそこを通過しなければなにも決められなくなり、結果として『決済者たちの好み』を見た仕事をするようになった。

決済者たちが揺るぎない信念と、卓越したビジネスセンスを維持し続けていれば、特に問題はない。あとは、周囲の人間が手足になればいいの。事実、有名経営者でこういうタイプは多い。素晴らしい業績を挙げるためにはスピードが重要なイマドキのビジネス社会だが、決済者が少ないということは、まさにピッタリの組織。しかし、同時に『裸の王様』になる懸念は、ぬぐい去れない。細かいところにまで、すべて目を通す仕組みは、ある種の全能感を生んでしまいがちだ。そういうケースも枚挙にいとまがない。

コラムでは、採用の現場という、極めて限定的な場所について書いた。そこでも弊害が垣間見えるのだから、ビジネス社会という、引いた場所でみれば、大変なことになっているのは容易に想像できる。別にそれが悪いと言って
いるわけではない。上手くいっているなら、別に変える必要もないし。しかし、そんなときだからこそ、自社の仕組みを再点検する必要がある。大掃除みたいなものだろうか。まさに年末なのだから、その機会を作ってみるといいだろう。意外に『綻びている部分』は見つかるはずだ。ご用心。