簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

使えない人が産まれる訳。



連載が更新されたので、サブノート的なエントリーを。個人的には、厳しい選考の過程をくぐり抜けてきた人の多くは「使える人材」だと思っている。能力も吟味され、人柄だって見極められているわけだから。ただ、多くの場合、その能力は十全に発揮されずに終わってしまう。個人的な資質(=例えば、極端なネガティブ思考だったり、協調性という言葉に興味を持たなかったりする人もいると思うので)が理由である、という状態を除いては、ほとんどの場合、ミスマッチという言葉で片付いてしまう。

それは、組織対個人という構図で見てしまうと、ほとんどか個人の責任にされてしまっているが、おそらくそうではない。使えない、つまりマッチしない人を採ってしまう組織に原因があり、そして、採った人を組織で上手く使えない状況を、問題視しなければならないと考えると、ストンと腑に落ちる。そういう状態を作るためには、組織全体で人を採ることに注力する必要があるし、いきつくところは、自分の環境は自分で意識して整えるという習慣を作るしかない。なかなか難しいけど。

使えない人が登場したら「どうして使えないのか」を整理し「なぜこの人を採用したのだろうか」と想像するといい。そして、採用担当者たちに積極的にフィードバックする。ただ使えないとクレームを入れても意味がないし、反発を買うこと請け合いだ。それよりもミスマッチが起きている原因を整理し、次回はそれが起きないように提案するだけで、使えない人が送り込まれる可能性は下がる。今の組織「そのもの」に問題があるのなら、それもあからさまになるだろうし、運が良ければ改善される。

連載コラムの文中にも書いたが、愚痴を言うだけ、文句をたれるだけでいると、きっと自分自身も使えないヤツになってしまう。だって、自分が働きやすい環境を得られていないのだから、パフォーマンスも下がるし、必然的に良い評価だって受けられなくなる。言ってもしようがない、それは別の誰かの仕事だ、という台詞でうそぶいている状態は、健全ではないし、なんとしても卒業しなければならない。と、考えたほうが、精神衛生上もいいような気がする。誰もなにもしてくれないと考えるほうが、身体に悪い気もするし。