簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

自分で決められないこと。



連載が更新されたのでサブノート的なエントリーを。こういう動きはまだ一部なので、すべての人がこういう恐怖にさらされる、というわけではない。しかし、裏を返せば、一部の企業が実行することで効果が確認できれば、すぐにシェアされる時代。あっという間に、あなたの目の前で起きることになってしまうはずだ。組織というのは不思議なもので、そこに所属している人の多くには悪意はない。いたわりの心を持っている人もいる。が、組織の一員としての行動はそれと関係ない。

今回のコラムは「こういうことが起きる兆しがありますよ」という部分にフォーカスしているが、実際はもう少し深い部分に気がついてくれればいいな、と思って書いた。それは「自分では決められないことがある」という話だ。例えば「自分はいまのポジションがあっている、なので、出世も望まないし、今のままでいい」と思ったとしても、それを組織が許してくれる、とは限らないのだ。一定の年齢になれば、相応のポジションに就いてほしいと「決めている」組織は少なくない。

同様に「自分の適性はここだから」とか「これ以上アクセク働くのは向いていない」と「自分で決めてはならない」のだ。正しくいうと、自分で決めることは勝手だ。けれども、それが認められるとは限らない、ということだ。この部分を勘違いしている人が多いのだけれども、組織で働くということは、その組織における、ある種の役割を期待されているということに他ならない。個人の意志は尊重されるべきだが、それよりも組織の論理が優先されてしまう。

自分の思うように仕事なんてできない、と、みんな頭ではわかっている。しかし、できないこと、苦手なことを避けようとするあまりに、やらなくていいこと、やらないと決めていることと、手前勝手に折り合いをつける。が、そんな個人のささやかな努力など、企業は鑑みてくれないケースも少なくない。だとしたら、自分で決められないことは、勝手に決めることなく歯を食いしばって頑張るしかない。もしくは、自分だけで決められるポジションに就くことだ。