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簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

現実を突きつけなければ。



連載が更新されたので、サブノート的なエントリーを。今週もいつも同様、いろいろと含んだというか、わかりにくいというか、もって回ったというか、そういう原稿を書いてみた。まー、このあたりの話はデリケートなので、サクッと書くには重すぎる。けれども放置しておくと、いろいろと面倒なことになる。わかりきった話なのだが、多くの人は出世できないし、自分が望むような地位や名誉や報酬を、得ることは難しい。努力は報われる、といいたいところだが、それもなかなか難しい。

しかし、組織という仕組みは「なるだけ、その現実に気づかせないよう」に配慮しながら、モチベーションを保たせて、言葉は悪いが「働かせよう」とし続ける。実際にマネジメントしている領域の人間と話をしていても「現実はそうだけれども、それを突きつけたところで、誰も幸せにならないでしょう」と、ある意味うそぶきながら、仕事をさせ続ける。ただ、もうそういう時代は、終わっても良いような気がする。働く意欲の源泉は、なにも出世だけではないのだから。

仕事とは別の自分の生活なにかを充実させるために仕事に勤しむ、という考えだって良いと思うし、人の役に立つ、なにかを成し遂げる、好きなことが仕事になる、快適な環境で働ける、なんでもいい。働く理由の多様化をもっと認めないと、働き方の多様化も実現するわけがないのだ。もちろん、会社を経営するサイドからすれば、当事者意識を持って、会社を大きくするのだという意気込み、企業経営を自分のことととして捉えてくれる人が良いだろう。しかし、それを従業員に求めるのは、酷だ。

企業への入り口は多様化している。差別的にも思える区別をすることで、いろんな人が気持ち的にモヤモヤする部分が増えるかもしれない。が、勘違いして、もしくは思い込みで先に走っていって、実はまったく道はありませんでした、といわれるよりは、そもそも最初から『違う道を走っている』と認識して働くほうが、幸せな気がする。そういう人も、これも語弊があるかもしれないが、上手く働かせる方法を考える時代がきているのだと思う。ま、それがどういう方法なのか、正解は難しいけれどね。