簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

うそがあふれる働く世界。



働くに関する連載をスタートさせた。女性向けオンラインメディアなので顔出しはやめようかと思ったが、どうせ調べればわかっちゃうことなので。というのも、以前セミナーなどに登壇するたびに「あれ、女性だと思っていました」「なんだー、男性だったのですね」といわれることが多かったのだ。サカタカツミという名前は、確かにちょっと男性的というよりも、女性によっているのかもしれない。コラムのトーンや文体もゴツゴツしているというよりも、柔らかい感触を大事にしているし。

主に若年層を中心としたキャリア、もっと端的にいうと働くことを考え、サービスを開発したり、事業をプロデュースしたり、メディアに書いたり、講演などで話したりしているが、最近とても気になっていることがある。それは、働くを考えるための舞台には「べき」という言葉が跋扈*1していることだ。すべきこと、と称されたものが箇条書きされ、文字通り金科玉条のごとく流通している。しなければならないことと「言われるなにか」に多くの人は追われてしまって、それこそ疲れ切っているように見える。

そこに書かれていることの多くは「誰かがやって上手くいった」ことであり「自分がトライしても上手くいくとは限らない」ことなのだ。しかし「すべき」と書かれてしまうと、そこから逃れることは難しい。少しずつ「ためになる言葉だというふりをしたなにか」が、それを受け入れて取り込んだ人を蝕んでいく。どこかでデトックスしなければならないのだけれども、自覚症状がない人にとっては、それは出来ない相談だろう。ただこれだけは言える。自戒の念を込めて。働くを考える世界には嘘が溢れている。

例えば「誰かにやらされるよりも、自分でやりたいことをするべきだ」と個人向けにアドバイスされることの多くは、裏を返せば「やらせるコストをかけるよりも、自分でやるように仕向けたほうが低コストだ」という、企業の論理の延長線上にあるケースは少なくない。仕掛ける側も仕掛けられる側も混乱しがちなのだが、表もあれば裏もあるのだ、なにごとも。いや、毒にもなれば薬にもなるという言葉のほうがふさわしいかもしれない。だとしたら、なにごとも自分の都合で生きるほうが後悔は少ない気がする。

そんなことを腹に持って、ゆるゆると連載をしたいと思っています。どうぞよろしく。

*1:(追記)あえて今回のコラムにも使ってみました。