簡素な生活。

サカタカツミのブログ。連載のサブノートが中心。すべての働く人たちに。役に立つ話も立たない話もあり。

働くを再発明しなければ。



あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。ということで、連載コラムが更新されたので、サブノート的なエントリーを。今年は企業が「働くを再発明する」ことを本気で考える一年になる、と思っている。というか、仕掛けを積極的にしていきたい。例えば、新卒採用はあってもいい、が、新卒という枠で採用されない、もっと別の視点で企業に雇われる大学生がいてもいい、という風な。もっと自由に求められ働く、という状況がシンプルに作り出せないか、という感じの。ある意味での破壊。

ワークライフバランスという言葉も整理したい。ワークとライフのバランスをとると口にすると、仕事と生活がイコールになってしまう。けれども、生活の中に仕事が含まれていて、その割合をどうバランスするのか、が肝心だという、当たり前のことを当たり前に考えられるようにならないかとも思っている。かつて仕事とプライベートとというカテゴリで区切っていた時代は、とうに過ぎたのに、まだそれを引きずっている言説が気持ち悪い、という感じのことは、声を大にして言い続けたい。割り切らない生き様。

働くということ。企業サイドから見ると、言い方は悪いが「働かせ方」を新しくしない限り、多様な価値観を持つ人たちを許容できないはずだ。人それぞれという言葉には賛否両論あるかとは思うが、少なくとも正しい社員という言葉があるという時点で、人々の選択肢は限られてしまうし、多様化を許さない構造になっている、という歪みをとっとと是正する必要がある。労働市場に「手が空いている」という人の量はずっと減り続けている。とした時に、働き手の供給源はどこにあるのか。それを考える年でもある。

そうなることで、個人が初めて「働くこと」に関する複数の選択肢を持ち得ることになり、自分と働くこととの関係性を、自らのバランス感覚でチョイスすることができるようになる。選択肢が提供されていない、少なくとも現状のように十分でない状況で、ライフワークバランスなどといっても、その幅は限りなく狭いし、多くの人が満足いく決断は出来そうにない。仕事とは「そういうものだ」という陳腐な台詞で、全て我慢させるという茶番は、いい加減やめなければならない。何ができるか、模索していきたい。